「パワハラの証拠集めとして、ボイスレコーダーやスマホで録音すること」は、とても有効な方法だと分かっているけれど、なかなか実行できないという人もいるのではないでしょうか?
なぜ実行できないかというと、相手に秘密で録音する行為が「法的に問題になるのではないか、会社から処分されるのではないか」と不安に思っているからだと思います。
結論として、そんな不安は不要で「相手に無断で録音しても、パワハラに対処するため」であれば不法行為にならず、会社も処分できない可能性が高いです。
今回は、録音が証拠として有力であること、そして録音するにあたって注意しておくべき点についてお伝えしていきます。
パワハラ上司の発言を証拠として録音するときの注意点
2020年6月に「パワハラ防止法」が施行されましたが、その以前からも民事裁判ではパワハラを不法とする判決が相次いでいます。
その証拠の多くは、被害者が録音した加害者の発言です。
こうしたパワハラ裁判において録音データは有力な証拠になるのですが、それが分かっていても秘密で録音することに対し「盗聴」しているような気がして、なんとなく後ろめたさを感じている人がいるかもしれません。
でも、そんなことを思う必要はありませんよ。
秘密録音と盗聴の違い
厳密に言うと「秘密録音(無断録音)」と「盗聴」には違いがあります。
「秘密録音」とは、 会話の当事者の一方が相手方に無断で会話を録音することです。
これに対して「盗聴」とは、第三者間における会話を当事者の同意を得ずに録音したりすることです。
どちらも似ている言葉ですが、秘密録音は会話の相手が無断録音するものに対して、盗聴の場合は会話の当事者以外の第三者が録音したりする点で異なります。
そして結論から言えば、「盗聴」も「秘密録音」も、その録音する行為自体は犯罪にはなりません。
録音行為そのものではなくて、その前後の行為が犯罪とされる場合があるのです。
例えば、他人の住居に盗聴器を設置した場合、他人の部屋に入った行為が「住居侵入罪」に該当することになりますし、盗聴器によって電話の会話を受信するような行為は、有線電気通信法違反に問われることになります。
このように録音行為の前後の行為が犯罪とされることはあっても、録音自体は犯罪とは言えないのです。
さらに、著しく反社会的な手段によって入手したものでない限り、証拠としての効力はもちろんあります。
秘密録音は証拠能力が肯定されるケースが多い
これまでの裁判例で有名なのは、無断録音テープの証拠能力が問題とされた「東京高裁昭和52年7月15日」の判決です。
この裁判では、「その証拠が、著しく反社会的な手段を用いて人の精神的肉体的自由を拘束する等の人格権侵害を伴う方法によって採集されたものであるときは、それ自体違法の評価を受けその証拠能力を否定されてもやむを得ない」と述べています。
これを逆に解釈すれば、「著しく反社会的な手段を用いて人の精神的肉体的自由を拘束する等の人格権侵害を伴う方法によって採取されたもの」でなければ証拠能力が肯定されることになります。
この裁判で問題となった録音は、相手方である会社の人事課長を料亭に招いて接待しながら、その会話の音声を録音したものでした。
判決は「相手方の発言を単に無断で録音したものであるにとどまり、相手の人格権を著しく反社会的な手段方法で侵害したものということはできない」として、結論としてはその証拠能力を肯定しています。
会社の就業規則によって処分されるのか?
次に、 会社側の就業規則に「秘密録音を禁止する」と定められていた場合、懲戒処分に該当するのかどうかです。
会社側は、職場における録音を好ましく考えておらず、就業規則の服務規律などで禁止する条文を設けていることもありますが、パワハラ行為を証明するという目的によるものであれば、秘密録音行為を理由とする懲戒処分の効力は否定されると考えられます。
なぜなら、就業規則で服務規律を定める目的は、企業内の秩序を保つためであり、被害者が自分を守るため、そして会社の窓口に相談するためならば、秩序を乱した行為とは言えないからです。
もちろん、会社の機密情報等を漏洩させることなど、他の目的で録音することはダメですが、録音はパワハラ行為に対して被害者が取ることのできる対抗手段であることから考えれば、録音することで処分されるのはおかしいと言わざるを得ません。
この件については、次のような判例もあります。
40代の女性が、JPモルガン・チェース銀行を不当解雇で訴えた裁判例です。
同行は秘密録音を解雇理由の一つとしましたが、東京高裁は2017年の判決で
「秘密録音は銀行の行動規範に反するが事情を踏まえれば解雇理由とまでは
言えない」と判断し、解雇を無効としています。
そして、この判決結果から「秘密録音の目的が不当解雇やパワハラの証明に限られる場合は従業員の懲戒は裁判でまず通らない」と 原告代理人の弁護士は語っています。
これまでお伝えしてきたように過去の裁判例をみると、秘密録音でも証拠としての有効性になんら問題ないことがわかります。
ですが、いつも被害者側が有利ということはなく、会社側が勝訴した事案もあります。
例をあげると、マタハラの事案ですが「執務室内での録音禁止の業務命令の適法性」が争われた裁判です。
この裁判では、執務室内の会話を無断で録音することは
業務上のノウハウやアイデア、情報等が漏えいするおそれがあることや、
従業員同士の自由な意見交換等の妨げとなり、職場環境の悪化に繋がる
可能性があり、秘密録音する必要もないことから、録音禁止命令の適法性を
認めています。
(東京高裁令和元年11月28日)
このため録音禁止命令に違反して録音をしたことが、雇止め有効の理由の一つになっています。
このように秘密録音の証拠能力が認められず被害者が不利になる場合もありえますが、パワハラ被害から自分を守り、相談窓口や弁護士など限られた人に相談する上では問題とみなされないケースが多いのです。
そもそもパワハラ相談窓口に相談しに行っても、証拠がなければ窓口は動いてくれませんよね。
この録音する方法を認めてもらえなければ、パワハラを証明することが著しく困難となってしまいますから、録音は必要不可欠な行為だとわたしは思います。
ですが、録音するときはパワハラを証明する目的のみで行い、同時に録音された会社の機密情報などの無関係な発言は出さないなどの配慮もしておく必要があります。
まとめ
今回はパワハラ上司の発言を録音することは有力であること及び注意点についてお伝えしてきました。
パワハラ上司の発言を録音するにあたって、躊躇する人がいるかもしれませんが、ご自身を守るため、社内窓口に相談するためであれば何ら問題ありませんから行動していきましょう。
パワハラ証拠は、多ければ多いに越したことはありません。
ただし、入手した録音データは外部に漏れないよう厳重に管理することをお勧めします。
会社側からすれば、誰が録音しているかわからないような職場環境だと、ギスギスして従業員同士のコミュニケーションに弊害が出るかもしれないので禁止にしたいと思う気持ちもわかります。
でも、そもそも被害者が録音しなくてはならないような状況を作り出している会社側にも問題があります。
パワハラを撲滅し従業員が働きやすい職場環境にしていかなければ、社員の流出を止められず会社の将来はないと思います。